2014年04月24日

天心の映画

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天心の映画が、生誕150年・没後100年記念して作られた事は、福井美術館の学芸員のSさんから、「空前絶後の岡倉天心展」を催される事で、岡倉家に関係する谷江長の福井の出で、どう繋がるかの問合せがあった際に知っていましたが、


催されるのが福井だったので、行けませんでした。それが福岡である事がインターネットで知り、短い期間の上映だったので、急いで行って鑑賞してきました。


午前中だったせいか、お客はたったの5人、だってみんな知らないもんね!


映画のストーリーは


昭和12年、文化勲章を受賞した横山大観達が、芸大を追われ、日本美術院を起こして、天心、春草、観山、武山らと、五浦の地で日本画の創作活動を開始し、新たな日本の美を生み出していき、師である岡倉天心の生涯に思いをめぐらせ、その弟子達との葛藤と師弟愛の物語を描いたものでした。


感想は、


まず、フイルム画像が暗く設定してあるので、あの風光明媚な、音百選に選ばれた五浦(いづら)の風景が綺麗に見えなかった事が、残念に思いました。


又、五浦の地に移ってからの事柄ばかりで、天心の若かりし頃の事や、他の事柄が無く、文筆家(『茶の本』、『東洋の理想』(アジアは一つ)『東洋の覚醒』・思想家としての表現がほとんど無く、日本より西洋においての評価が高かった人物で、筆を持たない美術家あることが解からなかった。


どうして評価された人物であったかが、あまりよく解からない気がしました。


橋本雅邦、早崎梗吉、また次世代にあたる平櫛田中等が全然出ないし、中国やインドへ視察旅行、奈良の日本美術院第二部監督(新納忠之助)を起こした事等が無かった。


第一、竹中直人はカリスマ性のある豪放磊落な自由人には役柄が似合わない気がしました。


私が映画を撮るとしたら、芸大の校長だった時、愛馬に乗り、独特のシナ服調での道服姿を出したら、天心の人柄を良く現したのではないかと思いますし、結論ばかりでなく、もっと過程のプロセス表現をして欲しかった。


私が2006年に五浦にある茨木天心記念館へ行った時、撮った写真を元にHPをご覧ください。最後の写真は遠くは2011年メルトダウンした福島の福島原子力発電所です、その時はこんな事になることは知りませんでしたね、


天心と五浦海岸

posted by ゆう子ちゃん at 02:41| 福岡 ☀| Comment(0) | ゆう子のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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