2011年03月23日

五浦六角堂崩壊

Photo_3
この度の東北大地震で,、2006年に行った事がある [岡倉天心] が愛した北茨城の五浦海岸がどうなっているのか気になっていましたので、
「茨城県天心記念五浦美術館」のHPを見てみました。
震災からもう10日にもなるし、と思って電話[E:phoneto]をかけて問い合わせをしてみましたら、
やはり、六角堂が5mの津波で壊れてしまったそうです。[E:house][E:typhoon]
海の岩の上に建てられた、1_2六角形の中国風な建物だったのに、残念です。[E:shock]

ここ五浦海岸は、[岡倉天心]が芸大校長を辞職してから、自分と共に付いてきた弟子達と「日本美術院」を立ち上げ、
ここ北茨木の景勝地五浦海岸に移りました。
茨城大学天心研究所HP

その後は、ボストン美術館の中国・日本部長になり、「東洋の理想」「茶の本」「日本の覚醒」等を書き、日本よりも海外での評価の高い
日本美術に貢献した人物です。Photo_4

私が、何故此処へ行ったかと云えば、主人の祖父 [谷江長] が [岡倉天心] の甥のあたります。
以前から天心の事を調べていましたので、主人の妹の子の結婚式に東京に行った時、足を延ばして、ここ五浦海岸にも行ってみました。
やはり、天心が愛した処!で素晴らしい景勝地でした。[E:eye]

その時、宿を取ったのが福島の[かんぽの宿 福島]です。
JR福島駅を降りると私達だけの様で、また[かんぽの宿福島] の宿の目の前は、黒松林と白い砂浜が続く磐城海岸県立自然公園。客室からは雄大な太平洋を一望し、朝は素晴らしい日の出が、夜は塩屋崎灯台の灯りと漁り火が印象的でした。 01 02_2


周辺には何も建物が無い、ローカルな処だった事を覚えています。

ここ五浦海岸で、案内をして頂いた方(村田さん)の事も気なりましたので電話[E:mobilephone]しましたら、
お家は屋根が一部壊れただけで、元気に暮らしているそうです。良かった!! [E:happy01]
ここ五浦海岸から、福島原発が見えるそうです。(福島第一原発とは約50kmの距離)
地図(Map)

大きな地図で見る

どんなに綺麗な景勝地かは、2006年に私が作った五浦海岸と天心BOOKでご覧下さい。

↓下記をクリックしてご覧ください。
①五浦海岸1

②天心BOOK

③五浦海岸2


[福井県と岡倉天心] の中にも下記の記述があります。
明治39年4月下旬、ボストン美術館に所蔵する美術品を購入するため京都・奈良に向かう途中、福井県に立ち寄った。
その際、機織業を営む異母姉の坪田百やその夫の均を訪問し、旧交を温めた。また、天心が坪田家を最後に訪問したのが、
亡くなる3年前の明治43年。坪田夫妻の次子・谷江長氏6_2によると、夜が更けるまで一緒に飲み明かしたという。[天心書簡より]
posted by ゆう子ちゃん at 00:01| 福岡 ☀| Comment(0) | ゆう子のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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